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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6536号 判決 1962年2月06日

判  決

東京都品川区上大崎長者丸二八二番地

原告

森川光康

右訴訟代理人弁護士

成富安信

同都千代田区神田多町二丁目二番地

被告

株式会社神崎本店

右代表者代表取締役

佐藤貫

右訴訟代理人弁護士

貝塚次郎

右当事者間の昭和三六年ワ第六、五三六号商業登記抹消等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、原告が昭和三三年二月二八日被告会社の取締役に就任したことがないことを確認する。

二、被告会社は、同会社が昭和三三年三月三一日東京法務局日本橋出張所においてなした、原告が昭和三三年二月二八日被告会社の取締役に就任した旨の登記の抹消登記手続をせよ。

三、原告その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告会社の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「(一)原告が被告会社の取締役に就任したことがないことを確認する。(二)被告会社は東京法務局日本橋出張所において(1)昭和二六年一〇月一八日なした原告が同年九月五日被告会社の取締役に就任した旨の、(2)同二八年一月九日なした原告が同二七年一月六日右取締役を退任した旨及び同年一〇月三一日右取締役に就任した旨の、(3)同三三年三月三一日なした原告が同二九年一〇月三一日右取締役を退任した旨及び同三三年二月二八日右取締役に就任した旨の、各商業登記の抹消登記手続をせよ。(三)訴訟費用は被告会社の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

(一)  原告は被告会社といまだかつて法律上何らの関係をもつたこともなく、まして被告会社の取締役に就任することを承諾したこともないにかかわらず、被告会社の商業登記簿には、請求の趣旨(二)記載のごとく、原告が被告会社の取締役に就任し或は退任したかのごとき登記がなされている。そこで原告は被告会社にただしたところ、被告会社代表者において原告名義の三文判を使用し原告名義の文書を偽造し、ほしいままに右の如き登記をしたものであることが判明した。

(二)  確認訴訟の対象は原則として現在の権利、法律関係に関するものとするのが通説であるか、たとえ外見上過去に生じた事実の確認のごとく見える場合であつても、その事実の存否が現在の権利、法律関係に影響があるものについては、結局現在の関係の確認として確認訴訟の対象となるものである。ところで株式会社の取締役は、会社、株主、債権者その他に対し極めて多種多様の義務責任を負うものであり、それらの義務責任中には必ずしも取締役の地位を退いたからといつて直ちに消滅せず、現在においても取締役であつた頃の責任を追求される場合が数多く存在するのであつて、したがつて、嘗て取締役に就任したことがあるかどうかは、現在における義務、責任の存否に直接の関係をもつものであり、かかる地位の存否は現在の権利関係として確認の対象となるものといわなければならない。よつて原告は、現在被告会社の取締役でないことの確認のみでなく、過去一度も被告会社の取締役になつたことのないことの確認を求める。

(三)  右のように原告はいまだかつて一度も被告会社の取締役になつたことがないのに、被告会社の登記簿には前記のごとく原告が被告会社の取締役に就任した旨の登記がある。

かように登記簿上の表示と実体関係が合致しない場合には、登記制度の本質上当然両者を合致さすべきことが要求せられ、その矯正が必要となる。この不一致ということ自体から直ちに実体に合致さすべき登記請求権を発生するものである。

このように表示と実体の不一致から登記請求権を生ずるとの前提に立てば、本件で原告は全く取締役就任の事実がないのであるから、現在原告が取締役である旨の登記(請求の趣旨(二)(3)後段)は抹消さるべきであり、就任がない以上退任があり得ないからその退任登記(趣旨(二)(3)前段)も誤として抹消さるべきである。次に右退任登記が抹消されるならば、その前の就任登記(趣旨(二)(2)後段)が復活するわけであるが、これも又全く虚構であるから抹消されるべきである。同様にその前の退任登記(趣旨(二)(2)前段)が抹消さるべきであり、更に最初から就任がない以上最初の就任登記(趣旨(二)(1))も抹消されるべきである。かくて原告に関する取締役の就任及び退任登記は、当初にさかのぼりすべて抹消さるべきであるので、請求の趣旨第二項のとおり登記抹消を求める。

(四)  仮に請求の趣旨記載のとおりの主張が認められないとしても、確認請求については、原告は被告会社の取締役に就任することを承認したことは全くないから、少くとも現在原告が被告会社の取締役でないことの確認を求める範囲内で認容されるべきであり、又登記抹消請求については、右の理由で昭和三三年三月三一日なした就任登記(請求の趣旨(二)(3)後段)の抹消を求める範囲内で認容されるべきものと思料する。

(五)  なお、昭和三三年三月三一日付登記による取締役就任は、これを真実としても現在においてはその任期が満了しているけれども、後任取締役の選任がないので、現在も、商法第二五八条第一項により、取締役としての権利義務を有する関係にある。

もつとも、昭和三三年三月三一日なした登記が抹消されるときは、それ以前の就任登記による取締役の就任を真実としても、これにより原告が右法条により取締役としての権利義務を有する関係になはない。

二、被告訴訟代理人は適式な呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないので陳述したものとみなされた答弁書には、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。請求原因事実はすべて認める。」旨の記載がある。

理由

一、請求原因事実は当事者間に争がなく、これによれば、原告は昭和三三年二月二八日被告会社の取締役に就任した旨の登記がなされ、その就任を真実とするときはその任期が満了しているけれども、なお、取締役としての権利義務を有する関係にあることが明らかであるから、本訴中被告会社に対し原告が昭和三三年二月二八日被告会社の取締役に就任したことがないことの確認を求める部分は理由があり、また、右就任登記の抹消を求める部分も、真実に合致しない自己に関する登記の抹消を求める趣旨においてこれを正当として認容すべきである。

なお、株式会社における取締役の選任は株主総会の決議によるべきものであつて、取締役であるかどうかはその選任決議の存否または効力に左右されるものであり、したがつて、取締役の地位を争う者はその選任決議の無効または不存在確認の訴を提起すべきであつて、かかる訴が認められているにかかわらず、これによらずして取締役の地位にないことの確認を求めることは許されない、との論も考えられないことはないので、次に一応この点についての所見を述べておく。(取締役選任決議の取消に関しては問題がないと思われるのでこれを省く)。

一般に、取締役選任決議の無効または不存在を理由として外見上取締役の地位にある者につき、その地位を争うには、もつぱら当該取締役選任決議の無効または不存在確認の訴によるべきであつて、取締役の地位にないことの確認の訴によることをえないものと解する。けだし、法が特に取締役選任決議の無効または不存在確認に関する訴を認めて(後者は類推解釈によるものではあるが)、これを認容する判決に対世的効力を付与した以上、さらに、通常の確認訴訟としての取締役の地位にないことの確認を求める訴を認める実益がないからである。しかし、取締役選任決議の存否、効力にかかわりなく取締役就任の事実がないことを理由として、その地位を争う場合は、おのずから事情を異にする。この場合には取締役選任決議が存在し、かつ、有効な場合もありうるから、必ずしもその決議の無効または不存在確認の訴を提起することをえず、勢い取締役の地位にないことの確認を求める以外に取締役の地位を否定する方法がない。したがつて、この場合にもなお、かかる訴を許さないとすることは、取締役でない者が取締役として遇され、その地位に伴う諸般の権利義務の帰属を強いられるおそれを生じ、決して適当とはいえないのである。もつとも、自己が取締役の地位にないことの確認を求める訴は、あたかも権利が自己に帰属しないことの確認を求める訴に照応しその利益がないのではないかという疑も生じないわけではない。しかし、取締役というような権利(権限)義務の包括される一の法律上の地位は、これを一個の権利と見るに適当ではなく、その地位の存否によつて必然的に諸般の義務ないし責任を負担しまたは免るべき関係にあるから、取締役でないにかかわらず、取締役として登記されてその外観を有する者は、自己が取締役でないことの確認を求める法律上の利益を有するものといわなければならない。

二、しかし、原告その余の請求は次の理由により認められない。

(1)  確認請求について。

原告は、過去において取締役に就任したことがないにかかわらず、その就任、退任の登記があるときは、取締役として有する諸種の義務、責任を追及されるおそれがあり、したがつて、過去において一度も取締役に就任したことがないことの確認を求める訴は、現在の法律関係確認の訴として適法であると主張する。しかし、たんに過去において取締役に就任したことがないということは、たんなる事実であつて現在の法律関係ではない。なるほど、取締役は諸種の権利義務を有しその権利義務は取締役の資格喪失後も存続する場合があることは事実である。しかし、このような権利関係は常に必ずしも残存するとは限らず、仮りに残存するとしてもその権利関係を具体的に特定しなければ過去における取締役の地位と連鎖を生ずるに由なく、したがつて、その地位をもつて現在の法律関係ということはできない。

この点においては、現在取締役または取締役の権利義務を有する者として、その地位に伴い不断に諸種の義務ないし責任を生ずべき場合と同日の談ではない。それ故に、過去における取締役の地位の存否を争うためには、常に現在残存する取締役としての具体的権利義務の存否をも争うことを必要とし、後者の関係を措いて前者のみを争うことは許されないものと解すべきである。最高裁の判例が、漁業協同組合の理事辞任後は理事でなかつたことの確認を求める訴は不適法であるとするのも(昭和三二年一一月一日最高裁民集一一巻一八一九頁)、この趣旨に理解すべく、他に同趣旨の最高裁判例の存することをここに想起すべきである。

ところで、本件において原告の主張する昭和二六年九月五日および昭和二七年一〇月三一日取締役に就任した旨の登記事項は、仮りにこれを真実としてもすでに任期満了により退任し、商法第二五八条第一項により取締役としての権利義務をも有しない関係にあるのであるから、右の登記事項が不実であることを理由として、原告が過去において被告会社の取締役の地位になかつたことの確認を求める原告の訴は、たんなる事実の確認を求めるものとして不適法というべきものである。

(2)  登記抹消請求について。

登記簿上過去において取締役に就任、退任した者が、真実は取締役就任に、退任した事実がないとしても、右の登記簿の記載により現在もなお、取締役であるか、その権利義務を有することを疑われる関係にないかぎり、その者は右登記の抹消を請求すべき法律上の利益はないものと解すべきである。けだし、その登記によりその者の権利関係につき、何らの影響をも及ぼさないからである。前段で述べたとおり、原告が昭和二六年九月五日および昭和二七年一〇月三一日被告会社の取締役に就任した旨の登記によつては、現在取締役またはその権利義務を有すると疑われる関係になく、また原告が昭和二七年一月六日および昭和二九年一〇月三一日被告会社の取締役を退任した旨の登記によつては、これまた何らの影響を受けないことが明らかであるから、それらの登記の抹消を求める原告の請求はその他の判断を待つまでもなく利益なしとしてこれを排斥せざるをえない。

三、以上の理由により、原告の本訴請求中

(1)  原告が、昭和三三年二月二八日被告会社の取締役に就任したことがないことの確認および昭和三三年二月二八日被告会社の取締役に就任した旨の同年三月三一日付登記の抹消登記を求める部分を正当として認容し、

(2)  原告が、前項以外に過去において被告会社の取締役の地位になかつたことの確認を求める部分を不適法として棄却し

(3)  原告が(1)昭和二六年九月五日および昭和二七年一〇月三一日被告会社の取締役に就任した旨の昭和二六年一〇月一八日付および昭和二八年一月九日付の各登記、(ロ)昭和二七年一月六日および昭和二九年一〇月三一日被告会社の取締役を退任した旨の昭和二八年一月九日付および昭和三三年三月三一日付の各登記の抹消登記を求める部分を訴の利益なしとして棄却し、

訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部茂吉

裁判官 伊 東 秀 郎

裁判官 近 藤 和 義

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